憲法を書く

日本国とは

日本国とは、無論、今の政府ではない。日本国とは、その様な政治とか経済とか一部の分野ではなく、それらを網羅した概念として存在していると思う。そのような概念を、天皇という人間を通して体現された国の形が、日本国民の中に存在していると思う。 そもそ…

日本の核武装

12月11日、群馬県高崎市での山本太郎街頭記者会見で、22歳の若者が、核武装について質問していた。彼の主張は、日本は核武装すべきだ、対米自立のためにも核を持たなければならない、核の力によってこそ相手(他国)も譲歩する、なによりも日本で核武装につ…

法律の抜け穴

法律には抜け穴があって、たとえ犯罪を防止するための法律であっても、そこに書かれていなければ、合法的に犯罪が行えるのである。例えば、税金について言えば、合法的脱税はいくらでもある。税金とは、利益を得た金額の一部を公のために提出するものとすれ…

平和ボケ

日本人は平和ボケと言われる。平和は黙ってても自然にやってくる。戦争は忌み嫌っていればいい。そんな雰囲気を感じる。 平和は向こうからやってはこないし、戦争は拒否してもやってくるものなのである。平和とは、失って初めて気が付くものなのである。それ…

デモクラシーは日本にはいらない

デモクラシーとは、デモ(demos:民衆)のクラシー( cracy:政治、支配)、つまり民衆による政治ということだ。これに対し貴族(aristos:貴い生まれの人)政治(cracy:政治、支配)、アリストクラシーという言葉がある。 つまり、デモクラシーとは、民衆…

現実主義と理想主義

理想ばかり主張して、目の前の現実からの議論をしない態度は、僕にはなじまない。しかし、現実にこだわりすぎて、現実の問題から脱却できないでいるのは、それもまた問題である。理想と現実、これはいつも裏表で交錯し合いながら、物事は進んでいく。どちら…

日本国民とは

憲法で「日本国民」と表記するとき、それは何を意味するのであろうか。憲法で日本の人達はこのように考えています、という時、その日本の人達とはだれなのでしょうか。もちろん、日本国籍を持っているのが日本人である、というのは説得力がある。でも、国籍…

言葉の限界、憲法を考えるときに

言葉って不思議な存在だなぁと思う。何のためにあるのだろうか、そもそもどんな役割を持っているのだろうか。 言葉は、人間同士が何かを伝え合うための道具である。そしてさらに、自分自身に対しても何かを言っている。では、その「何か」とは何なのだろう。…

日本一個分の暮らし

れいわ新選組の参議院候補として立候補した、辻村ちひろ氏のキャッチフレーズは「日本一個分の暮らし」だ。僕はこれが単に環境の問題ではないと気が付いた。産業とか経済の根本的パラダイムシフトを意味している。 さて、僕はかつて、アメリカに何カ月か旅行…

選挙

僕たちは何を選挙の時の基本にしたらいいのだろうか。何をもって自分の代表たる政治家を選んだらいいのだろうか。 例えば、学費無償化とか医療費無償化とか、そういった公約を基にしたらいいのだろうか。または、政党と個人とどちらを優先して選択したらいい…

領土問題

山本太郎の富山での街頭会見で領土問題が取り上げられていた。僕は、尖閣諸島や竹島では、日本が一方的に攻め込まれている、という認識だ。山本太郎がどう答えるか注目した。 山本太郎は、尖閣諸島や竹島に特定して争ってはダメだ、と言う。何故なら、そうし…

哲学とは自分自身に発見するものである。

哲学とは自分自身で自分自身に発見するものである、ということを僕はアインランドから学んだ。アインランドは1905年ロシア生まれのアメリカの作家であり哲学者である。彼女は、作家か哲学者かどちらか問われ、両方だと答えている。また、作家は自分自身が気…

正しい戦争反対

僕達団塊世代も含め、日本には戦争を体験した人が殆どいない。だから、戦争に反対するとしても、頭の中に描いた戦争をもとに、反対しているのだ。実感を持った「戦争」に反対しているわけではない。だから、僕たちの戦争反対は、目の前で家族が殺されたり、…

憲法とは

憲法とは、自国および他国に対して、僕たちの国はこういう国です、と宣言するものである。自己紹介の国家版ということになる。何を大切に考えるのか、何を望むのか、他国とどういう態度で付き合うのか、という内容になる。 しかし、自分の国を紹介するときに…

憲法を書いてみよう

今の日本が中国や韓国の反日政策に振り回され、ロシヤとの北方4島返還や拉致被害者問題が解決できないことは周知のとおりです。僕は長い間それは仕方のないこととあきらめた気持ちでいました。でも何度も同じ繰り返しの政治や外交の様子を見ていると、これは…