高市早苗総理候補を推す

日本の政治世論の中では、自民党総裁選の話で持ちきりである。四人の候補の中で、次期候補として存在していた岸田文雄議員の存在が薄い。また野田聖子議員についてはその評価の声もあまり聞かない。そして、日本のメディアでは、河野太郎議員の優勢が語られている。しかし一方、ソーシャルメディアの世界では、圧倒的に高市早苗議員の人気がおさまらない。

 

河野候補を押す日本のメディア、高市候補を押すソーシャルメディア。ここにはっきりと、政治の世界での声と国民の声との違いを見るような気がする。もし総裁選も国民投票で決めるのだったら、圧倒的に高市候補が勝利すると思う。

 

国民の声が反映されない政治。これは現在、アメリカを始め世界の動向のような気がする。ぜひともソーシャルメディアの力を発揮し、日本ではその流れを食い止めることを期待したい。

 

本日21日、党風一新の会のインタビューに答える高市候補の話を聞いた。単に日本の伝統を守る保守、と言うイメージだけではなく、地道な努力を重ねた上での奥歯に物を着せぬ言い方に納得した。

 

世界一長い総理の国会拘束時間の事、国会での質問の時間を野党に占められている事、そして何よりも議員立法の難しさについて訴えていた。

 

議員立法については、党内部会の承認を得て、政調会長の確認のもと、さらには友党としての公明党の見解、それになんと野党の同意もなければならないのだ。これでは何のための立法府なのかわからない。国民の負託を受けた議員としての務めが果たされていないと、高市候補は訴える。

 

さらに、国会に拘束された総理ではなく、世界へ発信する総理としての機会をもっと持つべきであると主張する。国民の声を反映し、その強い力を養い、日本のため世界のために、意見を発していける日本としていくために、高市候補の気概に期待する。

自民総裁戦出馬の高市早苗が深田萌絵に応じる

深田萌絵は、保守言論界の中で、嫌われている。なぜなら保守といっても、そのほとんどは親台湾派であり、隠れ親中派が多いからである。台湾は親日であり、中国に睨まれているんだから、台湾を批判するのは親中なんだ、と主張する彼等こそ中国共産党の罠にかかった親中派なのだ。彼等は、絶対に台湾を批判することができないのだ。だから彼らは、深田萌絵には絶対に関わらない。絶対に触れようとしないのだ。

 

保守といっても、言論界で生活していると、深田萌絵に関わったら、言論界から干されてしまう可能性があるのだ。安倍総理の家庭教師で、保守の重鎮と見なされてきた金美齢深田萌絵が応援を求めたら、怒りのお断りがあったのだ。こうなっては誰も手出しはしない。表だって関わっている大きなユーチューバーとしては、及川幸久ぐらいだ。

 

僕は長いこと、福田萌絵に関わることを許す事が、本当の保守であることの踏み絵だと主張してきた。だが今回、自民総裁選候補の高市早苗深田萌絵との会見に応じたのだ。もちろん総裁選挙の後だと言うことだが、それにしても驚いた。

 

高市早苗が総裁になるならないは別にして、これで流れが少し変わった。今まで首をすくめて、中国の味方をしてきた言論人政治家は、慌てていることであろう。そしてこれで、深田萌絵がタブー視される事はもうできなくなった。とても良いことである。これもユーチューブなどでの、深川萌絵の圧力に屈しない主張と、それをサポートする人たちの応援の力とも言える。

理不尽な格差

僕は警備員です。ホテルとマンションが入っているビルの防災センターに勤めています。マンションは、億ションと言われる高級マンションです。併設された駐車場には、ベンツやBMWやスポーツカーなど、外車がずらりと並びます。マンションの住人には、裕福な人らしく上品な人もいますが、粗雑で横柄な人もいます。

 

本日、台風が明けた晴れ間を、オープンカーに彼女を乗せた外車が出て行きました。僕はいつも思うのです。コロナで仕事やアルバイトを失い、家のローンや学費が払えないで人生を大きく変えてしまった人がいるのに、どうしてこんな生活をする人がいるのだろうか。世の中はどうしてこんなにも理不尽で不条理なものだろうか。

 

確かに、時流に乗ってうまくチャンスをつかみ、飛ぶような勢いで人生を送っている人もいます。努力をしなさい、考え方を変えなさい、明るく積極的になりなさいなど、その方法論としてはネット上で騒がれています。しかし、それは今の急激な時代の変化においても、断言できるのでしょうか。

 

警備員の仲間でも、若くしてやむを得ず警備員になっている人もいます。友達に見られたくない、そう思いながら仕事をしている若者もいるのです。でも、彼らに全ての責任を押し付けられるでしょうか?

 

目の前に、外車に乗り、生活苦とは縁の遠い若者がいます。その中でどのくらいの若者が、今日の生活のために、財布の中身を確認して生きている同世代の人がいる事を実感していることでしょうか。その必死さをどけだけ知っているでしょうか。

 

努力して実力を発揮している人も確かにいます。でも、単に、たまたまの境遇であったり、利権であったり、努力とか必死さではなく利を得ている人もたくさんいると思うのです。

 

そう考えると、ただでさえ広がる格差の中で、コロナの中で経済的に締め付けに苦しむ人達を、もっと支えなければならないと思います。そして、強者の論理で、不都合や真実を伝えない報道機関を、改めさせなければなりません。日本の本当の姿を知って、声を上げていく必要を感じます。一部の人間にこの日本を差し出す訳にはいきません。

 

元プロレスラー前田日明さんをゲストで迎えた、9月16日の及川幸久さんのニコ生報道を見て、つくづく感じたことです。早速、「日本人はもっと幸せになっていいはずだ(前田日明著)」を注文しました。

政治を生活の糧にするな

政治の世界は、他にはない大きな特徴があります。それは、政治に関わる人は、いつも全員であると言う事です。一度決定したら、それまで反対してた人も、対立し合っている人も、いや喧嘩している人であっても一緒にやっていかなければならない世界なのです。

 

趣味の世界やサークルはもちろん、仕事の世界であっても、対立関係があったら、別れて進めばいいのです。政治の難しさは、嫌でも別々になることができないことです。

 

だから、とことん議論をし、お互いの利害を調整し、進めていかなければならないのです。不満がたまれば、分裂や内紛となります。他の痛みを分りあって、将来を見据えて進まなければいけない世界なのです。ですから、十七条憲法の「和もって貴しとなす」と言う精神こそ、政治の基本にすべきことなのです。日本は、もう千年以上も前から、このことが国民の精神であったのです。島国で、外から攻め込まれることがなかったことが、このような土壌を作れたとも言えます。

 

大陸のように、いつどこで敵が襲ってくるかもしれない地形であったら、このような呑気な事は言っていられなかったかもしれません。他人を敵と見なし、争いが基本の世界となっても、仕方ないかもしれません。しかし、人類にとって、地球がこれほど狭くなってしまった今、争いを基本とした考えではもう成り立たなくなってしまったのです。

 

狭くなっただけではありません。人々の関係は複雑に絡み合い、その調整は非常に難しいものになっています。

 

これが現実の世界であることを認識すれば、ますます、和をもって貴しとなすと言うことが重要になってくるのです。僕は次のように考えています。

 

政治を生活の糧にする事はやってはいけないのです。収入を得る手段が政治であれば、その収入を減らす政治はできないのです。ですから政治をやる人は、まず自らの生活するための収入を、政治以外持っていると言うことです。極端に言えば、政治家は無収入です。そういえば、トランプ大統領も、給料はもらっていなかったとも、大半を寄付していたとも言われています。

 

でも政治たる人は、何らかの組織に属し、その利益をもらっています。その利益を確保する事は当然でしょう。しかし、政治家としての収入は、限られた少額にすべきです。政治家は、札束によっても、脅しによっても、さらにはハニートラップによっても左右されてはいけないのです。常に全体の立場を考え、高貴な判断ができなくてはいけないのです。まさに、和の世界です。

 

国民が、そのような政治を監視すべき時代となりました。人類が、和をもって貴しとなすと言う精神世界を目標とすべき時節となったのです。宇宙に神がいるとしたら、それを達成できるかを見守っていることでしょう。

 

 

自立したリーダーによる第二の市民革命

政治の世界でも、様々な言論がネットを通して発信されるようになった。様々な考え方があり、自由な発言や意見の交換を通して、自分の考え方を鍛えていくと言う事は大事なことだと思う。

 

さて、現代は、第二の市民革命ではないかと思う。イギリスの名誉革命フランス革命アメリカの独立戦争などは第一の市民革命ということになる。この時の市民は、思想的リーダーによって啓蒙され、生活や権利や社会のおかしさに気づき、封建的な社会の仕組みをひっくり返したのだ。

 

こうして教会や貴族の支配から自分たちを解放させた。しかし今、現代社会は、新しく登場した上流階級と言う特権によって、同じような支配構造ができてしまった。解放されたと思った市民の権利が、官僚や政治家や司法など、社会を動かす一部の人間による独占されたものと化してしまったのだ。

 

彼らは、認識共同体を作り、右も左もその認識共同体の中では同じ仲間なのである。彼らはその認識共同体を守り、情報操作をし、自分たちの支配構造を保持しようとしている。支配されたものの生活は抑えられ、格差はますます広がってしまう。

 

だから現代の、第二の市民革命とは、かつての思想リーダーと同じように、一般市民が自分の頭で考えていくと言うことで成り立つものなのだ。つまり、自分の生活の中で、より良い人生を送るために、社会を良くするために一生懸命戦っている人達こそが、今の市民革命のリーダーなのだ。政治家になりたくて政治家になった人間では、もうリーダーにはなれない。生活に根ざし、その原点から立ち上がるリーダーこそ真のリーダーである。

 

インターネットが普及し、末端の人たちも意見を交換しあえる現代だからこそ成立する市民革命だと思う。

心のウォーキング

僕は1日一万歩位歩ことを目標にしています。警備と言う仕事柄、勤務中は八千歩位歩きます。でも休日は、1日中家にいればほとんど歩かないことになります。ですから休日はつとめてウォーキングをするように心がけているのです。昨日も、休日でしたが、沿線のメイン駅までウォーキングしました。

 

ウォーキングした後は、疲労感もありますが、気分が良いものです。休日が充実した1日に思えてくるのです。ウォーキングは、血液の循環のみならず、気分の循環も果たしてくれるようです。

 

はて、僕は、心のウォーキングもあるんだということに気が付きました。心にとっては、愛するものに情をかけ、慈しみ大切にすることが元気のもとです。その心が元気になる基礎体力を作ることが、心のウォーキングです。僕にとって、マリンバの練習はまさにそれなんだと気が付きました。

 

僕は、昔弾いていた曲を復習する傍ら、日本の童謡を練習しています。何度も何度も同じフレーズを練習しながら、心にリズムができてくることを感じるのです。早春賦、朧月夜、日本にはいっぱいいい歌があります。

 

人に聞かせるでもない、繰り返しのフレーズが、僕を満たされた気持ちにしてくれるのです。あーこれが心のウォーキングなんだなぁと思ったのです。

 

いま、体の健康ブームが盛んです。しかし心の健康がおろそかにされている気がするのです。音楽でもいい、絵でもいい、詩でもいい、そういう心の表現が人間にとってとても大事なのだと思うのです。心の表現を持っていることがとても幸せなことなのです。

 

学校の勉強では、なかなかこれは得られません。やれテストだ、やれ塾だと言って追い立てられるからです。情操教育の大切さ重んじる社会が来ることを望みます。

 

 

自分の身は自分で守る確信が持てました

先週の9月3日の及川幸久さんのニコニコ動画生放送は大変良かった。この情報で、僕は、新型コロナに対する心構えがしっかりと出来た。

 

正直に言って、予想外の感染拡大、重症化、医療逼迫を前にして、僕はどうやって自分や家族を守ったらいいのか、確固たる心構えができていなかった。副反応の多いワクチンなど受けたくない。かと言って、もはや、感染することを前提に考えなくてはならない。もし感染したらどうしたらいのかと、迷う気持ちがあったのだ。

 

それは、これまでの僕は、自己免疫をただ高めればいいんだ、という事の一点張りだったからだ。これでは、状況の変化に対応はできない。弓矢で鉄砲隊に立ち向かう精神論と変わらない。

 

しかし、今回の及川さんのニコ生は、イベルメクチンを開発した、ノーベル医学賞受賞者である大村智さんから直接聞いた言葉を、及川さんが1時間のライブ動画で配信したものだ。イベルメクチンを開発し、その働きの真実を知る博士の言葉であればこそ、安心安堵できるのである。それは、博士が、他人の言葉ではなく、自分の言葉で伝えているからに他ならない。

 

造られた意図を持つ言葉、誰が認めているのか分からない権威の衣を使った言葉、声の大きい人の言葉、ほとんどのメディア報道はこれである。これでは納得も安心もできない。

 

及川さんのニコ生で、真実の強さと重みとはこういうことなのだと、改めて認識した。そして、この報道で、自分と縁ある人を守る確信が持てたのである。

 

なんと、イベルメクチンという言葉は、YouTubeでは削除対象なのである。ニコ生のような、会員限定の報道でなければ伝えられないのだ。リンクを張るわけにはいかないので、今回のニコ生を聞いた結論を書いておきたい。

 

まず、新型コロナは、SARSのような致死率10%の疫病では無い。政府が新型コロナをSARSと同等の感染症法上の第2類にしたことが間違いである。これによって、新型コロナは、保健所管轄となり、一般の医療機関が扱えなくなった。これによって医療が逼迫し、報道が恐怖を煽った。

 

死亡者数からいえば、新型コロナはインフルエンザ程度なのだ。だから、僕達は、インフルエンザと同じような心構えをしなくてはならない。心を落ち着けて、行き過ぎた不安感を排除し、心身の免疫力を保持するのだ。

 

そして、新型コロナは、誰でも感染するという事を認め、そのための準備として、イベルメクチンを用意する。罹ったなと思われたら、初期段階てイベルメクチンを飲む。1、2日置いてもう一度飲む。これほとんど治るという。インフルエンザの時と同じなのだ。インフルエンザだって、薬を飲んで治す。ほっぽらかしたら重症化し、死に至るのだ。

 

準備が出来たら、平常心をもって生活し、心身を快活にし、基礎免疫力を高めることだ。いざとなったら、イベルメクチンが免疫力を高めてくれる。なんと癌にも効くと、大村博士は言う。しかもこれまでの4億回の投与で事故はないというのだ。こんな有り難い話があるのだろうか。早く、平常な世界になって欲しい。