人と一緒にいる

僕はホームに母を訪ねた時、部屋に持ち込んであるキーボードで演奏して聞いてもらう。演奏するのは、いつもパッヘルベルのカノンである。四声和音のゆっくりとした編曲だ。音声はオーケストラにしている。

 

同様とか昔の歌を引いてみたこともあるが、それは飽きてしまうのだ。ややもすると、無理やりに音楽を聞かせているようになってしまい。かえって寂しい気持ちにもなってしまう。

 

しかし、このカノンはそういうことがないのだ。繰り返し弾いても飽きないし、気持ちがゆったりとしてくる。こういった宗教音楽には、長い時間の中で積み重なった人々の心の営みが豊かの含まれているのかもしれない。何も考えずにいたり、考えることを忘れ去らせたりする力があるような気がする。

 

今日もカノンを弾いていたら、ふと、横になって聞いていた母が、「いま、わかった」と突然言い出した。「聴いてると、一人じゃないって思えるからいいんだよ」「部屋にいるとずっとひとりでしょ?でも一人じゃないってわかるんだよ」

 

時々こんな風に、ちょっと意味深なことを言う。音楽と、それを聞いていた頭の思考とが、何かの拍子につながったのであろう。でもこの母の言葉は、ホームの生活を強いられた老人たちの心の叫びかもしれない。できる限り、またカノンを弾いて、人と一緒にいるという思いを持ってもらえるようにしよう。