木工と光太郎への思い

小さな折り畳み座卓を作った。縫い包み人形用である。木組みで構成し、足の根元には竹ひごの回転軸をつけた。釘やボンドなどの接着剤は使っていない。木組みを基本とした木工は20年ぐらい前から心がけてきた。作り上げた時の安定感と、釘や金具で押さえつけていない優しさを感じつからである。実際にそれは丈夫である。40代ごろ造った道具棚は、今の健在でしっかりとしている。

 

僕は小さいころから作ることが大好きで、大人になっても時間があれば色々と工夫をして物を作った。10年前から革で物を作ることも覚え、小物入れ・財布・バンドなど身の回りの物を作った。ちょっとした補強にも革はとても便利である。それ以外にも、電子部品を使っておもちゃも作ったりした。彫金・裁縫・プラ板など必要とあれば、結構貪欲に学んできた。実はあれこれやりすぎて、自分が本当は何をやりたいのか分からなくなっていたのである。

 

しかし、昨年秋、家族に頼まれてテーブルなどの木工細工を始め、僕の原点を確認した思いがした。木で物を作ることが僕の原点である。その補完材料として、革があり、布があり、プラスチックがあり、金属があり、電子材料があるのである。

 

木工をしていると、それに一心となり、夢中になっている。無心の状態で鑿を使ったり、のこを引いたり、かんなで削ったりしている。作ることだけで、他に何も考えていない。その境地は、もしかして、座禅を組んでいるときに近いのかもしれない。

 

高村光太郎が、蝉を彫刻している時、きっと無心に彫っていたのであろう。より完成度の高いものを目指して、道具を使い手を動かしていたのだろう。そして、無心の中で詩がうかび、新しい境地を感じたのかもしれない。僕は、高村光太郎にはとてもお呼びがつかないけれど、その境地を目指していると思うだけで、とても満ちた気持ちになれる。

 

千恵子を愛し寄り添った深い思いと、彼の彫刻は同じ起源をもつと思う。深さと強さと、人間としての歩みを感じる。木工を通して、高村光太郎の高みに近づけるかもしれないと思うと、とても強い気持ちになれる。