どんな人も価値を持っている

木工作業のをやっていていつも思うことがあります。木材の切りくず、破片、へしまがった釘、彼らは役割を終え、ゴミ箱へと運ばれていく。残された製品のために。でも、彼らの存在がなければ、製品はできないのです。ああ、どんなに細かいものでも、それぞれ皆に役割があり、無駄なものはないのだ。

 

料理をしていても同じことに出会います。刻んだ破片の茎や葉、切り捨てられた根や芽、流し去られた米粒、それから、食卓に上がっても、こぼされた汁やご飯粒。彼らも本来の料理にはならないで、無残にも流し捨てられていく。でも、誰かがその役割を果たさなければ、おいしい料理は口に入ることはないのです。だから、みんな偉いのです。みんな大切なのです。

 

ふと人間社会でも同じことがあると思う。いろいろな人生がある。いろいろな立場や経験がある。でも、それはみんな偉いのです。みんな価値があるのです。存在したこと、この世に生きたことが立派な役割を果たしているのです。

 

皆が中心に行きたがる。注目の的に行きたがる。でもその裏で沢山の捨て去られた人生がある。でもみんな価値があるのです。みんな大切な存在なのです。