力の支配からの脱却

人間は動物です。最も進化したといわれる動物です。そして、動物の世界、いや生命の世界は、弱肉強食です。その原理の元に生命は進化してきました。神様がどのようなおつもりで生命を創り出したかはわかりません。でも、神様は、自分自身のエネルギーという無形の力を、何かの形にしたかったのでしょう。その具現した形に、神様がやりたかったことを、せたかったのではないでしょうか。

 

生命は単純な形から、複雑な高度な集合体へと進化しました。さらに、自然を、そして自分自身をコントロールし、未来を作る事ができるようになりました。もし、神様が、形として生命を創り出し、何かをさせようとしたのなら、それは自然を破壊することではないでしょう。調和して、さらに大きな力を創り出すことをしたかったのではないでしょうか。

 

僕の勝手なこんな想像からいえば、今の人間は神に背いています。確かに生命は弱肉強食で、進化してきました。でも、全体としては、調和し美しい自然の中にしか生命は存在しません。この、調和そのものを目的とするなら、今の人間は、それを破壊しています。あり余る力をもって。

 

ということは、弱肉強食は生命の一面でしかないということです。全体としては調和なのです。そろそろ、人間は力の支配を脱却し、調和の世界へ進むべきと思います。どんなに文明が進んでも、高度な社会を構築しても、人間の今の原理は力の支配です。強うものが勝つ、というやりかたです。頂点に立った人間が、強いものが勝つというやり方を続けていくなら、永遠に強くならなくてはならない。そこに、限界とほころびが出ているのです。

 

力の支配から、目指すは調和へ。身を守る手段が、銃ではだめなのです。うまく生きる方法が、騙しや裏切りや徒党やずる賢さではダメなのです。人間の世界は、科学や社会の進歩により、インターネットなどのツールにより、一部の人ではなくすべての人が、同時に学ぶことができるようになりました。これは、生命の進化の中では今までになかったことです。そこに、生物としての進化の可能性があります。

 

力の支配から、調和・正義の世界へ、そのためには、多くの人間が、自分で考え学ぶことが必要になってくると思います。それこそ、次の進化なのです。